本に刻まれた「ふるさと地名」

それなりに有名な作家などの著名人が、四万十町を書き下ろした部分を紹介する「ふるさと地名」

当時の暮らしや景色がよみとれて面白い。(20230506)


小川正子『小島の春』 所収「土佐の秋」

 

   一 英語の囁き

 昭和九年の八月末に園長先生から「土佐の幡多郡大正村まで患者収容に山田書記と行くやうに、又その家族の健康状態をも視て来よ」との御言葉があった。園長室の大きな机の上にひろげられた土佐の地図はまだ見ぬ國への憧れをそそり立てて、遂に「高岡郡の山間の癩を川に沿って少しでも視て来たい」と申上げた。

 

小説の冒頭に「土佐の幡多郡大正村」とあるから驚かされた。医官・小川正子が土佐の山間をめぐる救癩記の小説ではあるが、和歌も添えられており「救癩土佐日記」でもある。

灯をつけぬ自転車二つ 夕月の光ひそけき田野々峡行く 

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宮尾登美子『湿地帯』

 

  第一章 謎の女

 山峡の春は遅い。

 江川崎駅を十六時十四分に発した窪川行き国鉄バスの最前列に腰掛けて、小杉啓はまだコートの衿を立てたままでいる。

 

高知を舞台にした自伝小説群の一つ。宇和島経由で高知県庁に赴任する薬事課長・小杉の主人公にした謎を孕んだ恋愛小説。江川崎から田野々を経由して窪川に向かう国鉄バスの風景は懐かしくなる。熊野神社と轟崎の間の道路大崩壊も記録している。

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