土佐中東部の荘園故地を歩く

 

 

地域資料叢書シリーズの

第4弾 

 

 今回は、

 高知県中東部の

 香美郡・大忍庄や

長岡郡・介良庄や

土佐郡・朝倉庄などの

 現地調査報告2分冊

筆者16人による

論考等24本の

大報告集です

 

 

 

 2007年夏。

 当会の事務局長・楠瀬慶太氏が九州大学院生のときに指導教官の服部英雄先生と物部村の山間集落の全てを現地調査したことに香美郡の現地調査が始まる。その調査成果は楠瀬の最初報告書として『新韮生槇山風土記』(地域資料叢書9、花書院)』にまとめられているが、大忍庄は徳島県境の山地から平野部を経て太平洋に面した外港・岸本に至る巨大荘園であり、報告書はその一部を調査・報告したにすぎませんでした。

 

 あれから12年。

 中世地下文書研究会の春田直紀代表らが高知を訪れ、楠瀬氏が研究報告および現地の案内役をおこなったことを契機として、参加者が研究領域を超えて幅広い視野で地域の歴史を読み解いていったのが今回の報告書です。

 古文書に登場する地域(現地・故地)を実際に歩き、空間的・地理的な視点を持ちながら、実証的に歴史事象を検証していくという方法論で執筆されています。そのため、論考に登場する地域や地名の地図、写真をできるだけ掲載していているのでわかりやすくなっています。

 

 2021年は新しい『高知県史』の編纂スタートとなる年。本書が基礎資料となり土佐の荘園研究や土佐中東部の歴史研究が進展することを期待します。 

 

 巻頭言は、くまもと文学・歴史館の服部英雄館長に「今回大忍庄・韮生郷・山田郷などの調査成果として続巻が刊行される。調査成果が次第次第に蓄積されていき、地域の歴史に取り組まれる方々が広がり、視点も拡大された。このことに

大きな喜びをかみしめている。」とあたたかいエールを書いていただきました。

 今回の研究報告書は、執筆者16人、24本の論考・コラム等になったため2分冊です。 

   

 

■『地域資料叢書21 土佐中東部の荘園故地を歩く  

 この報告書は、2020 年度笹川科学研究助成(実践研究)の支援により、奥四万十山の暮らし調査団が「住民による小地名の記録と地域資源地図づくり-民衆知の記憶を公共財としての記録へ」をテーマとして1年間活動した成果の一部を製本したものです。

 活動の成果品である報告書は、オーテピア高知図書館、香美市図書館、香南市図書館、四万十町図書館等の関係する公立図書館には納本する予定です。

 

ー第1分冊 大忍庄・韮生郷・山田郷調査研究報告書   ー第2分冊 介良庄・片山庄・朝倉庄調査研究報告書ー  

 第1部では、「大忍庄・韮生郷・山田郷故地調査報告」で、大忍庄西川分の山北前田・行宗・福万、韮山郷の柳瀬、山田郷の西後入・談議所について、地名や民俗誌を中心とした現地での聞き取り調査の成果を報告した。戦国末期の『長宗我部地検帳』など文書記載地名の現地比定や村落の景観復元にも挑戦している。

 

第2部は「大忍庄を読み解く」と題し、歴史・民俗・美術史・考古の論考5本を掲載した。「物部見聞記」は香美市の元地域おこし協力隊員が聞き取った民俗誌の報告、「大忍庄域に分布する中世期石仏を中心とする石造物の様相」は未解明だった大忍庄内の石仏を悉皆調査し、分類して考察を深めた論考、「大忍庄山南東分「十万」に拠在する城跡についての覚書」は考古学の知見から十万城跡周辺の城跡や遺跡を総合的に分析した論考、「「行宗文書」原本調査報告」は文書論の観点から「行宗文書」の伝来過程を考察した論考、「香南市の消えた地名の復原」は消滅した大忍庄域の歴史地名の復元を目指した論考である。 

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第1部・大忍庄・韮生郷・山田郷故地調査報告.pdf
PDFファイル 5.1 MB
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第2部・大忍庄を読み解く.pdf
PDFファイル 11.0 MB

第3部は「地域資源地図の世界」(以下第2分冊)。集落の歴史に関わる伝承や聞き取りの記録を地図の形で可視化し、周知・継承していく歴史実践の方法(ツール)を紹介している。

 

 第4部は「中東部荘園故地の諸相」と題し、土佐中部・中東部・東部(安芸郡)を対象とした論考を収録した。「中世・吸江庵領の歴史的景観」は介良庄・片山庄・吾川山庄の現地調査の報告、「源希義誅殺の地と介良庄」ほか3本は土佐で挙兵した源頼朝の弟・希義の死亡地についての定説を、近世の文献を分析することで覆そうと試みた意欲作、「鷹場にまつわる罪と罰」は17 世紀の鷹場について実証的に考察した論考、「朝倉庄故地を歩く」ほか2 本は高知大生と行った朝倉庄故地の現地調査の報告、「土佐東部の荘園と港湾形成」は長年の現地踏査の知見から土佐東部の港湾の景観変遷モデルを示した論考である。

 ※「巻頭言」及び「序言」は第1部のPDFに掲載した。

 

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第3部・地域資源地図の世界.pdf
PDFファイル 3.6 MB
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第4部・中東部荘園故地の諸相.pdf
PDFファイル 6.5 MB

第1分冊・執筆者紹介

 楠瀬慶太(くすのせ・けいた)

1984 年生。香美市出身。九州大学で日本中世史家の服部英雄氏に地名の面白さを学び、地名・歴史研究に目覚める。2012 年提唱の地域再生の歴史学の社会実装がライフワーク。高知新聞記者、高知工科大学客員研究員。

 鹿山雅貴(しかやま・まさたか)

1993 年生。大阪府枚方市出身。同志社大学文学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。学部の頃『中右記』を読み、院政期の宗教史に関心を持つ。また、中学生の頃に『ひぐらしのなく頃に』を見て以来、村落と寺社・信仰にも関心を寄せる。「日曜歴史家」を目指すも、なかなか時間が取れず苦悩している。

三升寛人(みます・ひろと)

1995 年生。山口県萩市生まれ。島根大学法文学部卒業後、京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程に進学。子どもの頃から比較的考えごとの好きな質ではあったが、分析哲学に興味をもちはじめた直接的なきっかけは、高校時代に野矢茂樹氏の『無限論の教室』を読んだことだったと記憶している。

大和敦子(やまと・あつこ)

1998 年生。徳島県出身。高知工科大学卒業、同大学大学院在学中。幼少期から建築空間に興味をもつ。現在は環境建築デザイン研究室で温熱環境・文化的環境・心的環境が成り立つ建築設計ができるよう勉強している。

大内田将爽(おおうちだ・まさあき)

1996 年生。大分県出身。摂南大学理工学部卒業後、高知工科大学大学院工学研究科に進学。幼少期から旅行で日本各地を訪れたことがきっかけで都市や公共交通に関心をもつ。卒業までに47 都道府県制覇を目論む。

石川惠大(いしかわ・けいた)

1998 年生。高知県出身。高知工科大学卒業,同大学大学院在学中。研究室配属を機に空間情報技術に興味を持つ。卒業論文では、地名と自然災害の関係性についてGIS を用いた分析を行った。

清水謙次郎(しみず・けんじろう)

1939 年生。香美市出身。愛知県や東京都でのサラリーマン生活を経て2016 年に帰高。高知市内で町歩きするうちに「浦戸湾十景」など近現代の史跡を探るように。趣味は旅行やウオーキング。

矢野恵(やの・けい)

1986 年生。高知市出身。香美市物部町別府で地域おこし協力隊員の活動中、フィールドワークの面白さに目覚める。その後、香美市立吉井勇記念館で学芸員として3年間勤務。趣味は古地図収集と、文人ゆかりの地巡り。

荒田雄市(あらた・ゆういち)

1996 年生。京都府出身。滋賀県立大学卒業、滋賀県立大学大学院博士前期課程修了。日本史学には中世惣村の歴史を伝える『今堀日吉神社文書』から足を踏み入れ、日常的な食糧や資材をどう生産し確保していたかに関心を持つようになる。屋敷周りの空間利用が気になっている。南丹市立文化博物館学芸員。

濱田眞尚(はまだ・まさなお)

1957 年生。南国市出身。少年時代、考古学に興味を持つ。高知県に就職し、文化財課勤務などを経て早期退職。在任中、中山間地域の衰退等社会構造の変化に気付く。以後地域の歴史を記録して後世に残すべく、彫刻・絵馬・棟札などの社寺文化財、石造物など多岐にわたる文化財調査・保存に携わる。

宮地啓介(みやじ・けいすけ)

1969 年生。高知県出身。県立埋蔵文化財センター勤務を経て、現在は香南市教育委員会埋蔵文化財調査員。小閑には個人的な趣味として山城の踏査・作図を専らとしている(冬季限定)。約20 年前、職場で吉成承三氏(現県埋文調査課長)に声を掛けられ頷いたばかりに気が付けば山の中、今日に至る。

武内文治(たけうち・ぶんじ) 

1954 年生。四万十町出身。松浦武四郎の歩き方を真似して「旅人宣言」。今秋は、武四郎が18 歳で四国を歩いた記録『四国遍路道中雑誌』の軌跡を自らの足で辿り、「YAMAP」サイトに40 日間「活動日記」としてレポート。HP「四万十町地名辞典」編集子、奥四万十山の暮らし調査団代表。

 

第2分冊・執筆者紹介

森下嘉晴(もりした・よしはる)

1966 年生。四万十町出身。高校卒業後、地下足袋を履いて四国の国有林を転々とする。15 年ほど前より油絵とマップ制作をライフワークとしながら、いつかは森の精となるべく日々修行中。林野庁四国森林管理局安芸森林管理署勤務。

矢野恵(やの・けい)

1986 年生。高知市出身。香美市物部町別府で地域おこし協力隊員の活動中、フィールドワークの面白さに目覚める。その後、香美市立吉井勇記念館で学芸員として3年間勤務。趣味は古地図収集と、文人ゆかりの地巡り。

楠瀬慶太(くすのせ・けいた)

1984 年生。香美市出身。高校時代の趣味は史跡巡り。九州大学で日本中世史家・服部英雄氏から地名の面白さを学び、地名・歴史研究に目覚める。以後、暇があれば集落へ出かけて地名民俗の聞き取り・記録に邁進中。2012 年に提唱した「地域再生の歴史学」の社会実装がライフワーク。高知新聞記者、高知工科大学客員研究員。

福岡彰德(ふくおか・あきのり)

1933 年生。南国市出身。明治大学文学部英文科卒業、史学科学士入学、学費が続かず中途退学。旧大蔵省外郭研究団体入り。休日は関東武士団の旧跡巡り。春の大型連休には、十余年、長岡郡本山町に入り「長徳寺文書」研究に余念なし。神奈川県高座郡寒川町在住。

石畑匡基(こくはた・まさき)

1988 年生。岡山県新見市出身。高知大学で津野倫明先生から史料解釈の厳しさ、九州大学大学院で中野等先生から史料を手広く集め、解釈に幅を持たせる重要性を学ぶ。専門は戦国から織豊期にかけての政治史だが、現在は長宗我部氏から陸軍歩兵第44 連隊まで高知の歴史を手広く研究。高知県立歴史民俗資料館学芸員。

原田英祐(はらだ・えいすけ)

1946 年生。東洋町出身。高知食糧事務所に勤める傍ら、高知県東部と徳島県の地域史研究に没頭。52 歳で早期退職して地元に戻り、地域資料の収集と『東洋町資料集』による成果公表を続ける。


『土佐史談』277号「新刊紹介」

奥四万十山の暮らし調査団編「土佐中東部の荘園故地を歩く』(2021年奥四万十山の暮らし調査団)

 

 大学生の頃、恩師である秋澤繁先生に連れられて、香美郡香我美町の内陸部を訪ねたことがある。『長宗我部地検帳』をもとに当時の景観を容易に復元する秋澤先生の語りにうなずきながら歩くそれは、今思えば極めて贅沢な経験だった訳だが、のんきで迂闊者の私はメモを取る訳でもなく、三十年経った今では、自分が歩いたそこが何処であったのかすら定かではない。

大忍庄をはじめとする土佐中東部の荘園故地をめぐる様々な論考を収めた本書は、そんな私に、三十年前に秋澤先生に導かれて歩いた時の、あのわくわくするような気分を思い出させてくれた。

 二分冊から成る本書は四部構成となっている。第一部「大忍庄・韮生郷・山田郷故地調査報告」では、それぞれの地域での現地の方からの聞き取りの成果が、『長宗我部地検帳』等の文献情報も踏まえる形でまとめられる。第二部「大忍庄を読み解く」では、民俗、金石文、考古、文献など、多角的な手法で大忍庄の過去と現在の姿へのアプローチが試みられ、第三部「地域資源地図の世界」では、ともすれば埋もれてしまいがちな地域の歴史や自然を、自らの現地での調査や経験を踏まえて地図にした事例が紹介される。第四部「中東部荘園故地の諸相」には、介良庄、片山庄、吾川山庄、朝倉庄や安芸郡の諸荘園など、土佐中東部の荘園故地についての現地調査や関連する文献の検討などの論考が収められる。

 このように本書は、歴史学ばかりでなく、民俗学、考古学など実に多彩な書き手によるものであり、「土佐中東部の荘園故地」にまつわる様々な内容が盛り込まれたものなのであるが、私がとりわけ本書を新鮮に感じたのは、荘園故地を単なる歴史研究の対象としてのみ捉えるのではなく、現在もそこに生きる人々がいるのだという視点、むしろ現在に重心を置いた視点が、その底に一貰して流れていることであった。

 また、第二部所収の荒田雄市氏の「「行宗文書」原本調査報告近世・近代の痕跡」は、地味ではあるが、「行宗文書」の書誌学的分析としては過去に類を見ない詳細なものであり、大いに興味深い内容であった。なお、本書は四万十町地名辞典のホームページでその全内容が公開されている。

(渡邊哲哉)